<SS Mysterious range>
Mysterious range
ティファは寄りかかった寝室の扉の取っ手にかけていた掌に嫌な汗を感じた。
階段を上がってくるゆっくりとした靴音に気付いたからだ。
(外に行けばよかった…)
逃げ込んだ場所が悪かった。
目の前の寝台に目を向けると口元が引き攣る。窓から差し込む休日のうららかな日差しがおかしな笑みさえ誘った。
(ど、どうしよう)
慌てようがどうしようが、靴音は躊躇無くまっすぐにこの部屋に向かってきている。
鍵、と思いついたときにはもう遅かった。
手を離した瞬間、その扉は『隔てる』役割を放棄しティファの目の前にその青年の姿を晒した。
う、と後退さるティファの桜色に染まった頬をまじまじと見つめるクラウドは開け放った扉の取っ手に視線を移す。
「…鍵がかかってると踏んでたんだが」
かっと顔が熱くなった。
開けて待っていた、と思われるのは心外である。
「お、追いかけてくるなんて思ってな…」
クラウドが一歩踏み出したことに慌てたティファは言葉を飲み込んでやはり一歩引いた。
その反応にクラウドの精悍な頬が微かに緩む。
「…閉まってなくて良かった。壊したら使えなくなる所だ」
壊してでも触りたいものかしら、と後ろ手に閉められた扉の錠が落とされる音を妖艶な魔晄色の瞳に捕らわれながら聞いた。
「あ、あのねクラウド」
日々僅かに培った免疫で甘い視線の拘束から逃れ、ティファは沈黙だけは避けたいと適当な話題を捜索しながらきょろきょろと目を泳がせる。
「ん?」
落ち着き払った返答に嫌な焦りを覚えた。
鏡台に目をやったティファは そうだ、と心の中で手を打つ。
「ほ、ほら、この間新しいリップ買ったって言ったでしょ」
話を逸らすのだ。
「うん」
真っ直ぐに見つめてくる彼の視線を背なに感じつつ鏡台の前まで駆け寄り、その小さな引き出しから
買ったばかりの口紅を引っ張り出した。
「お店の店員さんがね、この色が私に似合うって…」
見て、と口紅のキャップを外しながら振り向いた目の前にクラウド。
どくん、と心臓が跳ねた。
「その店員、男?」
その表情は普段どおりであるが透き通るように綺麗な蒼い瞳に見え隠れする鋭い光。
ぼそりと呟いた言葉には小さく火がついているようでティファの耳を熱く焦がした。
あ、ダメだ。
「…う、ううん…女の、ひと」
時折垣間見せる彼の嫉妬心。
些細な、と思えるような事で何故と首を捻りたくなるその心情は異なる性を持つが故、与り知らぬ男心だ。
しかし、自分がこれに弱いことをティファは知っている。
魔晄の妖しい揺らめきに僅かながらぼんやりとしてしまったティファは ぎし、と鏡台の隅に付かれたクラウドの手に気付くのが遅れてしまった。
「あ…」
いつのまにか身体の両脇をその筋肉質の腕に囲われて身動きが取れなくなっている。
当然のように間近にある彼の艶やかな瞳から逃れようと後退すればその身は台の上に伸し上がる事になってしまう。
話を逸らす事には成功したようだが、何やらこの方向も危険である事に変わりないようだ。
油を注いだのかもしれない、と口紅を持った手が少し震えた。
「似合う、かな…」
不躾な視線でティファを捕らえたままその小さな唇を今にも喰らおうとしていたクラウドは至近距離でそう問われて行動を止めた。
僅かに潤んだ鳶色の瞳から目線を降ろし半ば開いた瑞々しい唇を見つめる。
「貸して」
重心を置いていた台から片手を離すと細い指先に絡んでいた口紅を取り上げた。
少し前屈みになっていた上体を起こし反対の掌でほんのりと桜色を施した頬に添える。
今なら逃げられるのに
ぼうっとされるがままになっているティファに くく、と喉が鳴りそうになった。
「…クラウ」
「動くとはみ出すぞ」
下唇の中心に押し当てた紅に何をするか悟ったティファは大人しくその瞳を閉じた。
中央から口角へ。
また戻って反対側の口角へ色を伸ばす。
柔らかな弾力を口紅を持つ指に残してその唇はまるで誘うように艶めいた。
ぐちゃぐちゃにしてやろうか
下唇の線に沿って綺麗に引いた色をふいに乱したくなる衝動。
そこへ己の唇を押し当てて顎の下から首筋、細い鎖骨のくぼみまで「汚す」シーンを思い浮かべたクラウドは
どう?、と動きを止めた自分を怪訝に思ったであろうティファの言葉に引き戻された。
「クラウド…?」
見上げてくる困惑した瞳に己の胸で燻ぶる嗜虐的思考を嘲笑う。
結局、魅入らずにいられないのだ。
攻めている、つもりでも。
「綺麗だ」
吸い込まれるようにその小さな柔らかい果実を奪った。
無意識に新しい口紅の香料に紛れるティファの「におい」を追えば、それは次第に深く激しく。
大人しく受け入れていた彼女の息が上がり始める。
僅かに解放して互いの熱い吐息を交換すると、とろりと溶けた深紅の瞳が覗いた。
本当かしら、と零れた言葉に再度その唇にのめり込もうとした熱い思考を制される。
視線を絡ませる事で返答に代えたクラウドは僅かにその瞳を伏せたティファが少し口先を尖らせている事に気付いた。
「クラウドって、『似合わない』とか『不味い』とか言った事無いもの」
「…そうか?」
「そうよ」
本心だから仕方ないのではないか。
「俺は…」
「悪く取れば…『どうでもいい』って聞こえる」
手中に収めていた細い顎が落ち、俯いてしまったティファは完全に拗ねていた。
何故わざわざ悪く取る必要がある。
『似合わない』と言えば満足するのだろうか。
…女心とは難しいものだ。
「どうでもいいのかもな」
呟いた言葉にぴくりと肩を震わせたティファは顔を上げた。
「ひど…」
「ティファなら、だ」
え、と途惑う彼女の染まる頬を片手でもう一度捕らえる。
分かるか、と問いながら持っていた「どうでもいい口紅」を床に放り落とした。
己が色を施した唇に指で触れる。
彼女の大きな瞳も、すぐに花色に染まる頬も、…この小さな唇も。
ティファだから、愛しくてたまらない。
己を魅了してならないのはティファ自身、なのだ。
「言ってくれないと…わからない」
駄々を捏ねる子供のような口調でティファはそれでもその両腕を首に絡めてきた。
「…想いは言葉じゃなくても伝わるんだろ?」
意地の悪い返しだと自分でも思ったが もう、とあの上目遣いで睨まれるとそれも良かったりする。
「好きだよ」
耳に囁いて手に入れる蕩けるような極上の笑顔。
誘われるようにその首筋に唇を落とすとくすぐったそうに細い肩が竦んだ。
「あ、の…クラウド」
「ん」
首に回されていた腕が急におろおろと肩口の衣服を掴む。
「まだ昼間、だよ」
「うん」
それがどうした。
鎖骨に吸い付かれて語尾を引き攣らせたティファは降ろした手を何とか身体の隙間に潜り込ませると
クラウドが途中まで降ろした胸元のファスナーを引っ張り上げた。
「下に、子供たちだって」
そこまで言った時、ちょうど階下から声。
『遊びに行って来るねー!』
ばたばたとした足音の響く階下が店扉の閉まる音と共に静まり返った。
「………」
「…だ、そうだ」
ニヤリと上がった口元を図々しく見せ付けたクラウドがまた着衣に触れる。
「もう…」
こうなったクラウドを止める術を未だに持たないティファは諦めの境地に辿り着くと同時に彼自身がぴたりと動作を止めた事に気付いた。
「……」
「クラウド?」
どこか空を見つめて考え込んでいたクラウドは何かに思い当たると自分で乱したティファの胸元を元に戻した。
「忘れてた」
取り敢えず整った着衣に安堵を覚えたティファは え、と身体を起こしたクラウドの端正な顔を見遣る。
「決着つけに来たんだ、俺」
「…決着…?」
ティファはオウム返しに呟いて そういえば、と事の発端を記憶から引き摺りだすとその頬が火照り出すのを止められなかった。
先程までとは一種異なる嬉しそうな笑みで何やら意気込むクラウドにどうして仕切りなおすのだろうとティファは
胸元を両手で庇いながら口元を引き攣らせた。
「い、いつも…触ってるじゃ、ない」
「…いつも?」
ぼそりと零した言葉を流麗な眉をぴくりと上げて復唱したクラウドは少し怪訝そうな顔をした。
「いつもって?」
どうして聞き返すのか。
「そ、その…夜、とか」
ぼしょぼしょと消え入りそうになるティファの発言にクラウドは ああ、と気がついたようにぬけぬけと言う。
「それとこれとは別なんだ」
男心とは判らないものである。
両腕でしっかりとガードされた胸元をじとりと見遣ったクラウドはひとつ溜め息を吐くとティファの台詞をもう一度吐いた。
「いつも触ってるじゃないか」
「それとこれとは別なの!」
女心も判らないものである。
FIN
SS「Touch!」の続きで、「どたばたしていた二階」の「どたばた」を…と思ったのですが、
書いてみると全然どたばたしてないですね(撃沈)
逃げ惑うティファを書くつもりだったのに彼女、「ウルフ光線」に敢え無く陥落してしまって。
侮る無かれウルフクラウド。
クラウド『オパ○イ星人』(伏字になってないぞ柊)説を払拭しようという試みもこれで伝わるのかどうか…いやこれムリ。
油をどくどく注いだようなモノです。ぎゃはv
そういえばコレ「裏」用だったんですがここまでなら表に置いて大丈夫、と天使が囁いたのでここにあぷ。(どんな天使)
微エロ…かな?
そうでもないよね。うん。